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朗読の特徴

《朗読》にもさまざまな表現スタイルがあります。(プロ・アマチュアの区別なく)本を手に持って「読む」スタイルだけが朗読ではありません。ところがそれと異なった方法で表現すると、「あれは朗読では無い」と批判する「困ったさん」が実に多いのです。

いろいろな仕事の場で私共は述べておりますが、夏目漱石が明治38(1905)年に発表した『吾輩は猫である』に、その頃催された朗読会のことが描かれています。「じゃ、まあ芝居みた様なものじゃありませんか」と聞かれた作中の出演者の一人が「ええ衣装と書割(かきわり)がない位なものですな」と答える。

詳しくは同書や、小社の刊行になる『げんごろう』誌や脚本集をご一読願えればおわかりになると思いますが、朗読についての偏見を正していただきたいものです。以下、簡単にいくつかの表現形式についてふれてみます。

群読(ぐんどく)/群読劇

群読(ぐんどく)/群読劇

読んで字のごとく複数の人々による朗読の表現方法。脚本を持つ場合もありますが、記憶して行なうケースもあります。

高い完成度によるプロの群読(劇)の代表作として、『子午線の祀り』があり、劇作家・木下順二を中心に提唱された表現形式として、とらえられています。(参考=『子午線の祀り・沖縄』岩波文庫)

群読(劇)は愛知万博でも取り上げられ話題になりました。その一方で、日本では専ら小学生の国語教育の現場で用いられています。群馬大学高橋教授による試みや、玉川学園の活動などが上げられますし、アメリカの大学教育の中に位置づけられている群読(コーラル・スピーキング)など『げんごろう』誌では折にふれご紹介していますし、げんごろう制作でさまざまなタイプの作品も上演しています。


朗読劇

朗読劇

いろいろなやり方があります。たとえば=出演者の全員が脚本(時には手紙等)を手に、それぞれの役の台詞を読む。脚本に書かれた台詞は記憶して俳優が演じるが、それ以外のト書(とがき=場面の説明・人物の登退場・照明・効果音などを記したもの)を、別の出演者が読む。単行本の中の地の文章と会話や独り言を記憶して(声で)演じわけ、地の文章を一人又は複数の語り手が読む、・・・その他があります。

フォト・森田研作

リレー朗読

リレー朗読

この頃のように発音に高低・強弱・長短がなくなった、平板な発音の日本語の時代には、思いがけない効果があります。音声には人それぞれに「声の個性」がある…カン高い声・しゃがれ声・いわゆるドスの利いた声・鼻にかかった甘え声…とかくこうした特徴のある声や「ふるさと訛」は「朗読の世界」では疎外されたり敬遠され易い。

でも作品によっては、あの声だから素晴らしいということがあります。森進一のような声の持ち主を求めている作品もあります。「ああいう声で表現したい内容の作品」も存在します。

時には会話の内容によっては、穏やかな人物が怒った場合など、複数の声に分けると思わぬ面白さを生むものです。それに人前で何かをするのが苦手な中高年や、声のリハビリにも役立つこともがあります。今では指導者の派遣もしています。


ひとり語り/ひとり芝居

ひとり語り/ひとり芝居

一人の演技者が(全部の台詞を)独りで行うことが「一人語り」ですが、「語り」と「芝居」の境界は実は曖昧です。しかし『音声だけの表現」に終止した場合は『芝居」とは称しません。

げんごろうでは、ひとり語りや一人芝居を志す俳優や語り部の養成もしています。

・Staff
平尾登紀子(演出家・制作者)
平尾麻衣子(演出家・振付家)
岡崎 柾男(劇作家・演出家)


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